日々劇的な進歩を遂げる宇宙開発は、そう遠くない未来に人類が宇宙の膨大な資源を探索し、活用するようになることを示唆しています。しかしそれは、ロボットが月にデータセンターを構築したり (本シリーズ第一部参照)、人類が火星に移住するなどの未来を夢描くことだけではありません。これから起こるであろう宇宙開発は、地球上や地球の低軌道上で生じている、目の前にある課題を解決するための進化に注力が注がれています。
宇宙の商業化に伴い、ロケットの打ち上げコストは大幅に下がり、その結果、小型衛星を打ち上げる数が急増しました。これに伴い、多くの衛星が地球の低軌道上で収集するデータも増加の一途をたどり、気候変動のモニタリングからサプライチェーンの予測、さらにはガスパイプラインの漏れの検出まで、多岐にわたる情報が集まっています。
宇宙で収集したデータは急増し続けていますが、ほぼすべてのデータは地球へ送られ、地球上で保存、処理されています。
地球上で行われている各種コンピューティング作業を宇宙で実現するために、宇宙環境に耐性をもつコンピューティング技術を開発している企業があります。Ramon.Space社のCEO、Avi Shabtai氏は、現在の状況をアナログフィルムに例えて説明します。「35ミリカメラのように、撮影してフィルムに保存し、店に行って現像を待つのと同じです」と彼は言います。「現在の衛星は、地球に情報を送るのにまず地上局を経由しなければなりません。宇宙から届いたデータを地球上で取得、保存し、そして初めて分析できるのです。これには2時間、2日、あるいは2週間かかることもあります」。
一部の企業は、世界中の広大な地上設備と共に、膨大な衛星群を活用することで、データを得るまでの時間をわずか数時間にまで短縮しています。しかしShabtai氏は、そのほとんどのデータは地球に送る必要のないものだといいます。「海の衛星画像の99%は何もないただの海です」と彼は述べます。「船の動きや氷河の変化、クジラの回遊を追跡したい人にとっては、変化のない単なる海の画像は価値がありません」。
この問題に対処するため、Ramon.Space社は地球の軌道上での分析を可能にするストレージとコンピューティング機能を構築しています。軌道上コンピューティングでは衛星画像を地上に送る前の宇宙空間で分析し、結果のみを地球に送信します。このモデルによって、ほぼリアルタイムで重要なインサイトを得ることができ、地球との交信に使用している通信環境の混雑緩和にもつながります。このしくみは、命を救う可能性のある、例えばガス漏れ検知などには非常に有効です。
それだけではありません。軌道上にストレージとコンピューティングインフラを構築すれば、新しい宇宙データアプリケーションの可能性が開かれます。
Shabtai氏にとって、これは軌道上コンピューティングに向けた進化であり、地球上の大陸間でファイバー接続した時と同じことを宇宙で行えばよいだけだと考えています。当然、衛星と地上を光ファイバーケーブルで接続することはできませんが、Shabtai氏はファイバーフリースペース光通信の今後の進化に期待し、その技術によって軌道上の複数の衛星がデータを送受信させ、最終的に大容量のストレージとコンピューティングの機能を備えた軌道上のリングを地球の周りに作ることができると考えています。
Shabtai氏の「インフラを構築すれば、おのずとアプリケーションはやってくる」という姿勢は、クラウドやエッジコンピューティングと同じです。「未来のキラーアプリケーションが何なのか、いまはまだわかりませんが、クラウドが世に出現したときと同様に、将来、優れたアイデアが出てくるでしょうし、宇宙アプリケーションが地球上の生命に影響を与えるのは間違いないでしょう」とShabtai氏は述べます。
多くの主要なクラウドプレイヤーや開発企業は、宇宙で使えるデータプログラムが開発され、増え続ける多彩な衛星群と、企業による地球観測データや宇宙生まれのデータサービスを活用する新たなビジネスが生まれることに大きな期待を寄せています。人工衛星などで大気や地上の広域観測を行うリモートセンシング衛星が、企業のより良い意思決定にどのように役立つかを検討し始めるべきだと、専門家たちは提案しています。
しかし、宇宙経済の収益化はそう簡単ではありません。「宇宙におけるハードウェアビジネスの課題は耐久性です。比較的長い期間、軌道上で稼働し続ける必要があるからです」とShabtai氏は説明します。「7年から10年の範囲で飛行する必要があるため、宇宙環境に耐性のあるソリューションの構築が必要なのです」。
Shabtai氏は宇宙放射線と軌道上の極端な温度変化という環境上の課題について注意を向けています。宇宙コンピューティングはこれまで安定性に不安があるため、残念ながら開発にかけられる時間やコストは限定的で、耐放射線技術においても、長期間かつ高価な開発サイクルが必要でした。そのため現在は、宇宙での過酷な環境に対応するための専用品ではなく、万が一システムに何らかの障害が発生した場合でも全体の機能を維持する冗長化技術を備えた、主に自動車や産業用途の既製品「商用オフザシェルフ(COTS)」をカスタマイズして流用する策が多くみられます。
カスタムシリコンと耐放射線技術を持ち合わせたRamon.Space社の製品は、宇宙データビジネスにとって、まさに理想的なソリューションであるとShabtai氏は考えています。いわば、宇宙専用に作られたCOTSです。
「目指しているのは、”宇宙用オフザシェルフ” です。これには製造よりも設計が重要になります」と彼は語ります。
ウエスタンデジタルのシニアテクノロジストであるThomas Booneは、次世代メモリーにおいてRamon.Space社と同様のコンセプトを模索しています。Booneは光エレクトロニクスの半導体物理学の専門家として、データを保存する新しい方法の開発に自身のキャリアを費やしてきました。
彼が宇宙産業に参加することになったのは偶然でした。彼が磁気ランダムアクセスメモリー (MRAM) を開発していたときに、MRAMについて技術的な説明を行って欲しいと軍から依頼を受けたのです。「多数の科学者が参席する会議室に通されたのですが、なぜ私がそこにいるのかまったく理解できませんでした」と彼は当時を振り返ります。プレゼンテーションの後、果たして彼は政府出資によるプロジェクトで高性能宇宙用コンピューターの開発支援を請け負うことになったのです。
思いがけず宇宙産業への参画を果たしたBooneですが、その後は熱心にその任務に取り組みました。現在、彼はウエスタンデジタルの研究部門に所属し、宇宙向けの新しいメモリーアプリケーションを研究しています。
「DRAMとフラッシュストレージデバイスは、電子を使用して1と0を表すため、宇宙空間の荷電粒子 (放射線) の影響を受けやすくなります」とBooneは説明します。「しかし新しいメモリー技術は荷電ベースではないため、放射線への耐性が備わっています。MRAMは磁気スピンに保存され、抵抗RAMはフィラメントを使用し、結晶構造を使用する相変化RAMも同様の仕組みとなっています」。
Booneは、読み書き速度の超高速化と、宇宙でも誤差が出にくいとされる性能の双方を組み合わせることで、新しいメモリーは宇宙データインフラの今後に重要な役割を果たす可能性があると見込んでいます。
「私たちはこれらのメモリーを制御し、顧客のニーズである宇宙での応用に対応する設計力、そしてコーディング技術を持っています」とBooneは述べます。「そして私たちウエスタンデジタルは、その初期投資を活用して、将来の必需品となる製品を生み出す力も持っているのです」。
宇宙経済は2040年までに1兆ドル以上に成長すると予想されており、多くが宇宙ビジネスを注視しています。「新開発のメモリーをベースに開発を進めれば、宇宙におけるまったく新しい応用と可能性の世界を切り開くことができるかも知れません」とBooneは述べています。
アリストテレスの時代から、私たちは「Ubi societas, ibi ius(社会あるところに法あり)」という格言にならって生きてきました。しかし、初の月面データセンターを構築する企業のCEOであるChristopher Stott氏 (パートI参照) は語ります。「いまや、“人がいるところにデータあり”ですね」。
より多くの研究者や企業が宇宙に進出する中で、宇宙データセンターは夢物語ではなく必要な進化なのかもしれません。それが実現するのか、いつ実現するのかはわかりませんが、いま、確かに言えることは、宇宙は、データの次のフロンティアであるということです。
著者: Ronni Shendar
※Western Digital BLOG 記事( FEBURUARY 8, 2023)を翻訳して掲載しています。原文はこちらから。