宇宙における新時代の動きに敏感で、情報に詳しい人でない限り、恐らく今後の数十年は驚きの連続かもしれません。宇宙開発について予定されているプロジェクトには、月面への恒久的な滞在、商業目的の宇宙ステーション、民間による宇宙旅行、宇宙での医療業務、宇宙資源の採掘や宇宙での製品生産、宇宙素材による製品開発など、多数の活動が予定されています。
未来について確実なことは言えませんが、これらのプロジェクトのほんの一部でも実現することになれば、そこでは大量のデータが生成されることになります。宇宙上で保存され、分析・処理されるデータです。データ収集や解析、活用が宇宙を基点とすることになれば、同時に地球に送られるデータも増えることになると予想されます。
今回は2部構成のコラムとして、月面をはじめとする宇宙データセンターの台頭と、今後、宇宙でのデータインフラを構築しようとしている企業についてお話します。
Lonestar Data Holdings Inc.は、初の月面データセンターを構築しようとしているスタートアップ企業です。CEOのChristopher Stott氏は、夢のような話に人生を注いでいると評される一方で、宇宙起業家としての資質を持ち合わせた人物であると高い評価を得ています。
Stott氏は衛星および電気通信業界でキャリアを積んできました。衛星スペクトルの世界最大の商用プロバイダーでCEOを務め、ロッキード・マーティンの宇宙部門、マクドネル・ダグラス、ボーイング社にも勤めた経歴を持ちます。国際宇宙大学の教授および諮問委員会の委員でもあり、国際宇宙商業研究所 (International Institute of Space Commerce) の初代所長を務めています。
さらに、彼の妻は、地球の軌道上で100日以上の滞在を記録したNASAの元宇宙飛行士です。
Stott氏は、宇宙に関して夢や幻想を抱いているわけではなく、非常に現実的な活動を行っています。CEOとして活躍する彼は、データストレージを月へ向けてロケットで輸送するビジネスに乗り出しました。そのきっかけとなったのは地球の気候変動です。
Stott氏は顧客から一風変わった依頼を受けました。それは山火事や洪水、熱波、戦争、サイバー攻撃といった、地球上で増加する予測不能な事象からデータを守りたい、というものでした。「データは私たちの文明の進化を可能にするものです」とStott氏は語ります。「データがなければ、私たちは18世紀に戻ってしまう。それは誰にとっても良いことではありません」。
データを究極の災害から守るというタスクを依頼され、Stott氏とチームは検討を開始しました。「まずは深海に目を向けました。砂漠やジャングルも考えました。山頂、山の麓、地球の低軌道上、そして静止衛星なども検討しました」。
その後、NASAがアルテミス計画の商業月面輸送サービス (CLPS) を発表し、突如として月が手の届くところに現実となったのです。
月は、地球の自然衛星であるだけではありません。Stott氏にとって、月は安定したプラットフォームでもあります。「月には天候の変化も、気候変動も、大気もなく、そしてその下には、美しい地球が自転している光景がよく見えます」と彼は述べます。
月の表側は常に地球に面しているため、現在の技術を駆使することで地球と月間の通信が可能です。さらに、小さな都市を収容できるほどの大きな溶岩洞も存在が認められます。地下であれば放射線や微小隕石から機器を守ることができ、気温は常に63º F (17º C) で、「セーターを着てちょうどいい」とされる気温はサーバールームとしても最適な環境です。
月面に注目しているのはStott氏だけではありません。人類の植民地化や深宇宙ミッションのためにその資源を活用しようと試みる国や企業にとって、月は急速にその評価が高まり、戦略的な資産となりつつあります。殺到するであろう (そして論争になるであろう) NASAのCLPSミッションは、月面にペイロード(データ通信における制御情報を除くデータ本体)を運ぶという活動にもつながっています。「地球の低軌道上に独自の衛星を打ち上げるよりも、月でテストする方が安上がりなのです」とStott氏は述べます。
特に2週間近く続く月の夜を、ソーラー機器や通信機器がどう乗り切るかなど、乗り越えなければならない課題はまだまだあると認めつつ、Stott氏はこれらの課題は宇宙産業がすぐに解決してくれるだろうと確信しています。「現在の宇宙技術のほとんどは、2年前は不可能でしたが、今はすべて可能です」と彼は言います。「SFが現実となる時代が来ているのです」。
この春、Lonestarは月への概念実証を行い、年末までには最初のデバイスを発売する予定です。容量8テラバイト、高度のコンピューティングや各種センサー設備の提供から始まるこのプロジェクトを、彼らは「画期的な瞬間」と呼びます。「私たちが意識的に地球外にデータを保存し、地球を、そして人類をバックアップする初めての瞬間になるでしょう」とStott氏は述べます。
Stott氏はすでに次のミッションをスタートさせ、そのサービスを望む顧客を受け入れ始めています。次回は容量5ペタバイト、その次は50ペタバイト、次は100、そして最終的にはロケットがより重いペイロードを運べるようになれば、エクサバイトレベルの施設の提供を考えています。
「60年以上かけて、私たち衛星通信業界は静かに、しかし着実にプロジェクトを成し遂げ、さまざまなモノを宇宙に置いてきました」と彼は語ります。「次のステップに進むことはごく自然であり、人類と地球にとって極めて重要なステップになるといえます」。
Stott氏だけではありません。他にもさまざまな組織が、地球の資源に及ぼす負荷を軽減するためにデータセンターを宇宙に移すというアイデアについてリサーチを始めています。地球上で運営する場合と宇宙で運営する場合とで、コストの方程式が入れ替わるのは時間の問題であり、成層圏外でデータハブを維持する方が、地球上での運営にかかる電気代や建物のコストよりも割安になると言う人もいます。太陽光発電で軌道を回るコンピューティングファームなど、今では突飛に聞こえるかもしれませんが、Stott氏の予想が正しいのかもしれません。SFは、いつかSFではなくなるのです。
数分後の天候を予測するなど、地球の低軌道から届くデータは、すでに私たちの生活に重要な役割を担っています。今後10年でさらに数千基の衛星が打ち上げられると予想されており、環境と規制に関する懸念が高まる一方で、人類の幸せのための無数の可能性が生まれる期待もあります。
次号では、地球の低軌道におけるデータインフラの台頭と、宇宙データサービスの未来についてもう少し詳しくご紹介します。
著者: Ronni Shendar
※Western Digital BLOG 記事( FEBURUARY 2, 2023)を翻訳して掲載しています。原文はこちらから。