2023年07月28日
宇宙でのデータ・ストレージの挑戦

宇宙空間は、空気のない真空状態で厳しい環境です。気温に関しても、太陽の近くでは数百度になる一方で、原子の動きが鈍くなるほどの極低温の環境も存在します。人工衛星や宇宙船を設計するエンジニアや科学者にとって、ロケットや人工衛星などを打ち上げた後の最大の課題は「できるだけ長期間稼働させること」です。

スペースエレクトロニクス

Rafał Graczyk氏は、ルクセンブルク大学のSnT(セキュリティ、信頼性、信用センター)の研究者です。彼は、宇宙に打ち上げられた人工構造物としては最長となる全長32kmのテザー衛星YES2 Satelliteなど、さまざまな宇宙関連プロジェクトに関わってきました。
現在、Graczyk氏が集中的に取り組んでいるのは、宇宙で稼働するレジリエント・コンピューティングシステムの設計です。「宇宙は敵意に満ちている。」と彼は述べます。「人間であれ機械であれ、生き残るのは困難です」。

熱真空チャンバーの冷却板上でテストされている衛星(写真提供:Rafał Graczyk)

地球上の電子機器を宇宙で操作する際の課題を挙げれば、きりがありません。その中でも重要なのは、猛烈な加減速によって材料にかかる機械的ストレス、軌道上での急激な温度変化によるストレス、(対流のない)高真空な環境下での放熱、原子状酸素や急激なアウトガスなどの地球外の現象、そして最も顕著なのが宇宙放射線です。

宇宙放射線

宇宙放射線は人体への影響が甚大になるため、有人宇宙飛行にとって最大の障害となっています。「宇宙放射線」という用語は、一般的には電離放射線、または「宇宙線」と呼ばれています。
宇宙線は、その名から連想されるような光線とは異なります。それは荷電粒子で、電子を原子軌道から叩き出し、電荷を持たせる(イオン化させる)のに十分なエネルギーを持っています。
電離(イオン化)粒子の多くは、太陽風として知られている一定の流れか、コロナ質量放出と呼ばれる散発的な巨大爆発によって太陽から噴き出しています。これらの爆発は、数千個もの核爆弾を一気に起こさせるのと同じエネルギーを放出するため、その放射線による被害が甚大になるのです。
しかし、それ以上に最も危険な宇宙線があります。それが銀河宇宙線です。

銀河宇宙線を浴びる

銀河宇宙線は膨大なエネルギーを運ぶ粒子です。それは、超新星爆発や星の形成、銀河系外の超大質量ブラックホールなどから、光速に近いスピードで飛び出します。しかし、何がこの粒子を強く押し出し、これほど高速で遠くまで飛ばすのか、科学者たちにも未だよく分かっていないのが現状です。
シールド技術は、人間や電子機器を太陽の放射線から守るのに役立ちますが、銀河宇宙線は人間の皮膚や宇宙船の壁、シリコンチップなど、あらゆるものを通過してしまいます。これらの荷電粒子が物質を突き抜けて衝突すると、デバイスや半導体回路内の電子の微妙なバランスが崩れる恐れがあります。

地球の大気に降り注ぐ宇宙線のイラスト

「何十億マイルも離れた場所から、宇宙線が電子機器に及ぼす物理的な影響は、神がサイコロを振るようなものです。プロセッサのレジスタを乱数発生器に変えてしまうのです」とGraczyk氏は述べています。
当然、宇宙線は宇宙カプセルの火災報知器を作動させたり、国際宇宙ステーションの通信を遮断するといった、誤動作による大混乱を引き起こすこともあります。

ビット反転現象

RAMやNANDフラッシュのようなメモリー技術に対して、宇宙線はビット反転を引き起こす原因となり得ます。ビット反転とは、1つ以上のビットが意図したデータ状態を失い、0から1に、またはその逆に変化することです。たった1つのビットが反転しただけで、データセット全体が使用できなくなる可能性があります。
Raya Kozlovほど、NANDフラッシュの製造と製品設計の両プロセスに精通している人は世界でもほとんどいないでしょう。彼女はウエスタンデジタルの顧客品質担当ディレクターであり、宇宙用製品を含むフラッシュベース製品の品質と信頼性を確立する世界的な専門家です。
「一時的なビット反転はよく知られた現象であり、業界、特に自動車市場にとっては以前から懸念されていました」と彼女は語っています。なぜなら、2009年に発生したある自動車のペダル固着事故と、それに続く900万台ものリコールの原因は宇宙線だった可能性が高いからです。
Kozlovは、宇宙線による惨事からフラッシュを防御する新しい方法があると指摘しています。「NAND型フラッシュメモリーと、そのフラッシュコントローラーの設計と製造の両方を手がけているウエスタンデジタルだからこそ、ハードウェアとアルゴリズムベースのエラー検出と修正の相乗効果を活用することができるのです」と彼女は述べています。
フラッシュコントローラは、フラッシュメモリーチップを管理している強力な「頭脳」ですが、SRAMメモリーを使用しているため宇宙線に対して脆弱です。「現在、eMMCとUFSの両タイプのフラッシュストレージに対して、組み込まれたSRAMにハードウェアベースのビット反転保護機能を提供しているのは、わたしたちウエスタンデジタルだけです」とKozlovは説明しています。

何度もテストを重ねる

宇宙システムが複雑なのは周知の事実です。エンジニアは、サブシステムやコンポーネントを機械的および熱的な面だけでなく、真空環境でテストすることで、発生し得るあらゆる障害を引き出そうとします。宇宙環境を再現することで、材料の不安定さや欠陥が露わになる可能性があります。
「品質は基本中の基本です」とGraczyk氏は述べています。「同じ製造工場内でも、バッチ単位でわずかに異なる製品ができてしまうことがあります。宇宙に送り出す製品は、地球でテストしたコンポーネントが宇宙でもまったく同様に動作をすることを確認する必要があります」。

Rafał Graczyk氏。バイコヌール宇宙基地近くにて。(写真提供:Rafał Graczyk)

ウエスタンデジタルで、宇宙と低軌道を含むIoTとエッジ分野のマーケティングディレクターを務めるYaniv Iaroviciは次のように述べています。「細部が重要になります。ウェーハ製造プロセス、サプライチェーン、NANDセルからコントローラ、ファームウェア、デバイスのパッケージングと最終テストに至るまでのエンジニアリングに対して、ウエスタンデジタルとしてどのようにアプローチするかが、この大きな目標の基礎になります」。
成功は綿密なエンジニアリングにかかっているとIaroviciは語っています。「自動車や宇宙関連に供するデバイスは、たとえ企業がゼロ欠陥戦略で設計しても、科学的な確率が実際にゼロになることは絶対にありません。結局は、適切な設計とテストの考察を通じて品質と信頼性を保証する、ウエスタンデジタルの方法論に行き着きます」と彼は述べています。

新宇宙時代

民間企業や億万長者の資金による宇宙船がこの分野に参入したことで、宇宙への打ち上げは今や日常の出来事となっています。しかし、宇宙という不安定な環境に耐えるには、ロケット科学を越えるものが必要になります。より多くの宇宙飛行士が地球を飛び立つにつれ、宇宙空間でデータ化けが発生しないようにするために、さらに信頼性の高いメモリーとストレージが求められるのです。

著者:Ronni Shendar Ronni Shendar
※Western Digital BLOG 記事(OCTOBER 4, 2021)を翻訳して掲載しています。原文はこちらから。

戻る