チームルマンのドライバー、片山義章氏は「カーレースは精密さが求められるスポーツです。チームの力は収集されたデータ量で決まります」と語っています。
今日では、データこそがレーシングチームの最大の財産であり、特に車載ビデオほど、ストーリーを伝えてくれるデータはありません。
1983年のデイトナ500マイルレースで、最終周まで走ったドライバーは、わずかに4人でした。Richard PettyとDale Earnhardtは、激しいスタートダッシュをしたことでエンジントラブルに見舞われましたが戦い続けました。最終ラップまでに58回もトップが変わる、息をのむ展開でした。Buddy Bakerは、Joe Ruttman、Bill Elliott、そして予選で時速200マイル(時速約321km)を記録した後に車が横転し大破したCale Yarboroughよりも安定してリードを保っていました。しかしYarboroughは、再度勝負にでて、ゴール直前でBakerを抜き去り見事なフィナーレを飾りました。
このレースが歴史に刻まれることになったのは、もうひとつ理由がありました。それは、Cale Yarboroughの勝利を記録した方法にありました。ポンティアックルマンの車内からリモートビデオカメラで撮影したのです。
1983年当時、これは極めて斬新な技術でした。1979年、オーストラリアのSeven Network社がバサースト1000㎞レースで「レースカム」を導入するまで、カメラがレースカーに搭載されたことはありませんでした。初期のレースカムは、高さが1フィート以上(約30cm)、重さが約22ポンド(約10kg)もありました。それが運転席後方の車両中央部分に設置され、360度回転して視聴者に俯瞰したレースの様子を見せることができました。ヘリコプターがトラック上空を飛行し、レースカムのビデオ信号を近くの中継車に伝送しました。
レースカムは、1979年のデイトナ500マイルレースで米国でのデビューを果たしました。これまでのレース映像がイベント終了後、かなり後になって放送されたのとは対照的に、CBSはBenny Parsonの車から初めて「フラッグ・トゥ・フラッグ(スタートからゴールまで)」でレースを放映したのでした。1983年の伝説的な勝利をYarboroughの肩越しに撮影したCBSは、同年にエミー賞に輝いています。
欧州で人気のF1に車載ビデオが普及するのには、さほど時間はかかりませんでした。1985年のドイツグランプリでルノーに車載ビデオが導入されました。初期のレースカム映像は揺れが大きく、汚れで曇っていて故障しがちでした。しかし、次の10年で安定化し、セルフクリーニングレンズやヘリコプターでの中継が不要になる地上の受信機などの技術が進歩しました。
1998年には、すべてのF1マシンに少なくとも3台のカメラが搭載されました。2016年には、各F1カメラは1,080ピクセルの高画質映像を撮影するようになりました。2017年になると、米国TV局「Fox Sports」がNASCARレースを初めて4Kで放映しました。しかし、レースエンジニアにとっては4Kでも足りず、さらに高解像度の映像を求めています。
オラクル・レッドブル・レーシングのF1レースメカニックであるOle Scheck氏は、チームの舞台裏を紹介するプロモーションビデオで、「もしレースの2週間前に余裕を持って準備ができたとしたら、それは一生懸命ではない証拠だ」と語っています。このPVの中で、レースコーディネーターGerrard O’Reilly氏は撮影クルーを連れて、チームのローディングドックの見学ツアーをしています。そこでは、輸送用コンテナの周りをフォークリフトが移動し、貨物が満載されているのが分かります。
O’Reilly氏によると、彼らは33トンを超える航空貨物と、3か月前に船で送った40フィート(約12m)のコンテナと共に移動する予定とのことです。PVは、ピンセットで車台の内部に手を伸ばすScheckの映像に戻ります。彼は、クリップのような道具を使用して、パーツを所定の位置にはめ込みます。パーツが機械の中に紛れ込んでしまうこともあるので、取り出せるように鉛筆型の磁石を手元に常備しているそうです。
33トンもの機材ですが、この中にはピンセットで組み立てるような部品もあるのです。これが現代におけるモータースポーツの科学的な側面です。この技術的な競争は、鯨のようなサイズの車体に絶え間ない最適化をもたらします。しかし、目視できない微細な部分で車両を最適化するには、人間が理解できるデータが必要になります。
これはレーステレメトリーと呼ばれるものです。走行中のレーシングカーによって毎秒生み出される数十もの統計データを読み取ります。F1では、各車両に200個ものセンサーが装備されており、レースを通して固有のデータポイントをモニタリングしています。エンジニアは、路面温度、周囲温度、タイヤの状態などの外部測定値と共に、これらのデータポイントをリアルタイムで監視して、チームのパフォーマンスを総合的に把握します。これらのデータを追跡して保存するソリューションは、各チームの戦略にとってかけがえのないのものとなっています。各チームはデータのボトルネックによる脅威を防ぐために、レース期間中に限り独自のデータクラウドを使用しています。レース中のテレメトリーを禁止しているNASCAR(全米自動車競争協会)でさえも、データ収集はエンジニアリング作業に欠かせないものとなっているのです。
NASCARのエンジニアであるByron Dailey氏は、Andrew Kurland氏とのインタビューの中で、彼らの日常業務の大半はテレメトリーデータの処理だと語っています。NASCARは、コロナ禍の間、トラックでの練習を中止したため、テレメトリーデータベースはさらに重要性を増しており、チームは過去の統計をつぶさに調べて自分達のアプローチを確認することになったのです。
ビデオ映像は、仮想的に観戦する形式からレーステレメトリーに欠かせない存在へと進歩し、エンジニアには見えない、最も重要なデータポイントの1つであるレース中のドライバーの行動をモニタリングします。ドライバーのパフォーマンスを再生できるので、エンジニアは車両を個人のレーシングスタイルに適合させることが可能になりました。また、ドライバーも自身のスタイルを把握して、改善につなげることができるのです。
Grassroots Motorsports誌の記者であるJG Pasterjak氏は、インタビューの中で「レーストラックで作業するのは、キャンプに行っているようなものですが、誰もが大変な思いをしているのです」と述べています。「いつも屋外にいるし、天気はいつも最悪で、常に誰かが怒っているような状態。フィジカルがよほどタフでなければこんな環境を生き抜くことはできません」。
このフィジカルの強靭さこそが、日本最高峰のグランドツーリングカーレース「Super GT」のトレーニングにおいて、チームルマンが車載映像を収集する際に直面した問題でした。湿度が高く、車内の温度が50度以上になる過酷な環境にも耐え得る、耐久性のあるSDカードが必要だったのです。レーシングカーの電子部品は、すべてストレス耐性のAEC-Q100基準をパスする必要がありますが、この認定を受けている他社のSDカードを選択しましたがデータ損失に悩まされていました。
Super GTには、1人のドライバーがレースの2/3以上を走行してはいけない、という独自ルールがあり、これに対応する戦略を立てるには、データの完全性が重要な鍵となります。SUPER GTチームは、2人1組のドライバーによって巨大なサーキットを攻略します。つまり、エンジニアと整備士は2人の異なる操縦スタイルに適応しなければならず、2つの異なるセットアップが必要になるのです。各々のドライビングスタイルに最適化することが、Super GTの戦略を立てる際の最大の課題になります。
車体のセットアップを個人ごとに変えるのは、決して些細なことではありません。こうした決断がレースの勝敗を左右することもあるのです。ノースカロライナ州のドライビングコーチで、Precision Data Analytics社のオーナーでもあるRay Philips氏に聞いてみるとよいです。彼は最近、あるクライアントのためにデータを徹底的に調べた後、セットアップを再調整しただけで4秒(レースでは途方もなく長い時間です)のタイム短縮を果たしたのです。彼がセットアップを判断するポイントはいくつかあります。たとえば、スロットルトレースとステアリング入力によって、クルマがアンダーステアかオーバーステアかを知ることができます。
「レースカーの運転に慣れようとしている駆け出しのドライバーには、快適なアンダーステアのセットアップが良いでしょう」とPhilips氏はインタビューで語っています。車載ビデオにより、より詳細なデータポイントをくまなく調べて、全体像を把握することができます。彼が言うには「ホビーホーシング」と呼ばれるぐらついたスロットルのトレースラインを伝える動きも描き出されます。
車両のセットアップを通じて、ドライバー個人の陥りやすいミスをカバーすることの重要性は、プロのレベルでは一段と大きくなります。プロともなると、数ミリ秒がチーム全員の生活をも左右することがあるからです。チームルマンは、ウエスタンデジタルと提携することで、ついにストレージの苦闘に終止符を打ちました。このようにスポーツに不可欠なデータを保存するSDカードは、決して付け足しではなく、重要なチームプレーヤーなのです。
JG Pasterjak氏によると、分析が行われない旧来型のレースと、今日のデータ駆動型レースの境界線は、即興演劇におけるインプロ(Improvisation)とスタンダップの違いによく似ているとのことです。
「インプロのようにその瞬間は素晴らしい選択をして、魔法のような成果を生み出せるかもしれませんが、二度とそれを再現することはできないでしょう」一方、センサーや車載カメラを使用した操縦は、スタンダップのように設定に磨きをかけるようなものです。「同じデータを何度も扱うからこそ、より洗練されたものを生み出すことができるのです」と、彼は語っています。
「ビデオ撮影が可能になると、最終的には、ホテル、自宅、飛行機の中など、レーストラック以外のさまざまな場所で、短時間に[ドライビングに磨きをかける]ことが叶うのです」。胸躍るレース映像は、もはやアクション映画の世界ではなく、レースアクションそのものなのです。
著者: Sophie Dillon
※Western Digital BLOG 記事(MARCH 3, 2021)を翻訳して掲載しています。原文はこちらから。