2021年09月10日
ヘリウムガス充填HDD実現への飽くなき挑戦

イノベーション創出は一夜にしてならず、振り返ってみて分かるものかもしれません。

ヘリウムガス充填は、大容量ハードディスクドライブ(HDD)の実現における最大のブレークスルー技術の一つです。ヘリウム(He)は空気よりも7倍軽いため、HDDプラッターの回転時に発生する抵抗と乱流を低減します。より低い温度で動作し、密閉することで湿度の変化を防ぐことができます。これらのメリットはすべて、データストレージ容量の劇的な増加、消費電力の削減、信頼性の向上につながります。

しかし、これまでヘリウムを密閉したHDDは存在しませんでした。少数のエンジニアと科学者によって、数十年の歳月を経て、ストレージの歴史を変えるようなブレークスルーを実現しました。不可能が可能となったのです。

バリー・スタイプ(Barry Stipe)氏は、コーネル大学の先駆的な物理学者でしたが、1998年に博士研究員としてIBMに招かれました。2年後には、同社のHDD研究部門に加わり、ヘリウムを充填したHDD開発の任務に就きました。

「ヘリウムがHDDにとっての究極の答えになるかも、という話を聞いたことがある」とスタイプ氏は述べています。「その特許文献は、1970年代に作成されたものですが、数十年にわたって失敗が続いた後は、ほとんどの人がヘリウム充填HDDの実用化は不可能だと考えるようになった」。

ヘリウムは封じ込めるのが難しい物質として知られています。その原子は宇宙の中でも最も小さなもの。密封しても、穴やひび割れがあれば、たとえそれが原子サイズのものでも、そこから漏れ出てしまいます。

HDDの場合、ヘリウムの密閉は、ただガスを閉じこめるだけでは済みません。厳密なフォームファクターが求められ、既存の製造工程へ適合させることも必要でした。高価な材料を使ったり、新たな設備に投資することになれば、すぐにコストが利益を上回ってしまいます。

すき間を克服する

スタイプ氏がプロジェクトを開始したとき、標準的なHDDには外気との開口部が約10か所ありました。これらの穴をふさぐために、一風変わった接着剤、金属テープ、ガスケット、ポリアミド、さらには缶詰まで、あらゆる種類の創造的な試みがなされました。そうです、食品のツナ缶と同じ技術です。

スタイプ氏は何度か大失敗を経験した後、まったく違うアプローチを取ることにしました。ケースのすべての開口部を上部に移し、穴を塞ぐのではなく、第2のカバーとして薄い金属箔を作り、他の業界で使用されている溶接技術の研究を開始しました。

「ドライブの密閉、シーリング工程は、製造工程の中でも最終段階になるため、大量の熱を発生させてコンポーネントを損傷しないようにする必要がありました」と、スタイプ氏は説明します。しかし、溶接とは金属を溶かすことにほかなりません。そこで彼は人工衛星技術の中に解決策を見出しました。

宇宙探査

人工衛星は、レーザーを利用した溶接技術によりマイクロ波コンポーネントを密閉しています。他の多くの方法とは異なり、熱の影響を受ける範囲は非常に小さくなります。

しかし、スタイプ氏がHDDのダイキャストで同じ方法を実験すると上手くいきませんでした。アルミニウム合金には、わずかな銅が含まれており、それが亀裂を発生させる原因になっていたのです。そこで、彼は再び航空宇宙産業に着目し、熱を加えても破裂したり、亀裂を生じたり、飛び散ったりしない代替の合金を探しました。

この問題を解決した後にも、最後にもう1つ課題がありました。シールを破らずに、ドライブに給電とデータを出し入れする方法を見つけることです。なんと、解決案としてひらめいたのは、とても身近にある、ありふれた冷蔵庫でした。

「その時まで、冷蔵庫にフロンを封じ込めるために、どれほどの密閉性が必要なのか知りませんでした。冷蔵庫業界では、低コストで数百万個単位で生産されている、ガラスと金属を貼り合わせた絶縁貫通端子部品が使用されていました」(スタイプ氏)。

しかし、彼の挑戦に簡単なものは何一つとしてありませんでした。HDDケースの酸化膜へ絶縁貫通端子部品を直接はんだ付けするのは不可能であることが判明したのです。そのためには、ハンダを定着させるためのマスキングが必要で、めっき材料として理想的だったのはニッケルでした。

数百時間ものテストを経て、ついに彼はHDDにヘリウムを100年間密封するための、信頼性が高く、低コストで、フォームファクターに影響を与えない方法を証明することが出来ました。答えは素晴らしくシンプルでしたが、量産するまでの道のりは人工衛星のように遠く離れていました。

探求は世界へ

その後、2003年に、IBMのHDD部門が日立製作所に売却されました。そのころ、意欲的なメカニカル・エンジニアの青柳彰彦氏は、IBMアルマデン研究所での2年間の委託研究を終えつつありました。一方、スタイプ氏の研究は技術開発へと移行していました。

青柳氏は、このプロジェクトに興味を持ち、日本に帰国するとチャンスが訪れました。スタイプ氏の研究に基づく世界的なプロジェクトである、商用ヘリウム充填型HDDを開発する技術チームのリーダーを任されることになったのです。

当初から技術的な課題が山積していました。製造装置には、スタイプ氏の合金は粘着性が強すぎました。しかし、既存の合金では密閉できません。また、鋳造工程で、ごく小さな巣(ガスが入り込んだ隙間)がアルミニウムの中に入り込んでしまったのです。レーザー溶接によりこれらの巣が熱せられると爆発し、ヘリウムが流出します。

「これはほとんど不可能と思えるプロジェクトでした」と、青柳氏は回想しています。「失敗しても誰も私を責めないことがわかっていたので、もっと楽しんで挑戦しようと考えました」。

それから2年後、研究チームは有望な結果を得ることができました。レーザーを特定の角度にシフトさせ、シリコンを豊富に含む合金を使うことで、巣の爆発の角度を制御すればシールを傷付けないことがわかったのです。この「エッジ溶接」技術は、一見単純そうに見えますが、特許に値する画期的な技術として日本発明協会から表彰されています。

Sealing Fate 命運をかける

チームは成功を納めましたが、プロジェクト自体は打ち切られました。「製造工程への投資額が高すぎると判断されました。また、当時はHDDの容量を増やす別の方法がありました」と青柳氏は述べています。チームは解散しましたが、青柳氏はこの技術に強いこだわりを持っていたので、プロジェクトの唯一の技術者として研究を継続する許可を得ました。

その頃、あらゆる業界で「ビッグデータ」やクラウドコンピューティングが台頭してきました。歴史上初めてインターネットに接続されたモノの数がヒトの数を上回ったのもこの頃です。大容量HDDに対する需要は大幅に増加し、データを大量に消費するこれからの時代に欠かせないものになることは明らかでした。

そして、プロジェクトは2009年に再開されました。わずか半年で、前例のない7プラッターのHDDのプロトタイプを完成させました。しかし、製造工程の課題を解決するのに4年かかりました。パイロットプログラムで効果的なシールを作成することと、製造歩留りが100%に近い、信頼性の高い製品を量産することとは、まったく別の挑戦でした。

Sealing the Deal 勝利を勝ち取る

2013年、ウエスタンデジタルは、日立グローバルストレージテクノロジーズ社を買収した後、世界初の商用ヘリウム充填HDDを出荷しました。空気で満たされているHDDよりも容量が50%多く、消費電力はわずか3/4でした。それは劇的な進歩であり、革命的でした。すでにNetflix、CERN、およびソーシャルメディアや検索などの大手顧客企業を対象にテストが行われていました。

最初の100万台のドライブを出荷するのに1年あまりかかりました。2年後には1,000万台のドライブが出荷されました。現在、ウエスタンデジタルは毎月約100万台のヘリウム充填HDDを出荷しています。

ヘリウム充填HDDは、世界中のデータを保存するための基盤技術となりました。そこに至るまでには、先駆的な科学、苦労して勝ち取ったイノベーション、そして不可能への飽くなき挑戦が必須であったといえるでしょう。

※ヘリウム充填HDD詳細(英文):ウエスタンデジタル「HelioSeal®プラットフォーム」
※ご参考情報(英文):史上初のブラックホール画像の作成に、なぜヘリウムHDDが中心的な役割を果たしたのか。

 

著者:Ronni Shendar Ronni Shendar
※Western Digital BLOG 記事(APRIL 7, 2021)を翻訳して掲載しています。原文はこちらから。

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